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Shanghai memo

上海メモ/気が向いたとき、思いつくままに…。

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「恐帰族」の背後に潜む中国社会の危機 

中国では2月14日から旧正月(春節)の約一週間の休みに入るが、例年通り、春節の十数日前の2月初頭から帰省ラッシュが始まり、ビジネスマン、OL、出稼ぎ労働者、大学生など、家族と離れて暮らす人々は老若男女を問わず、いっせいに家族の待つ故郷へ帰っていく。毎年恒例の「民族大移動」である。
 
しかし今年の旧正月の「帰省前線」にはある異変が生じた。 大都会に出て就職している一部の若者たちが実家への帰省をためらって中止するケースが急速に増えているのだ。彼らは「恐帰族」(帰省するのを恐れる人々)と呼ばれ、メディアからも注目を浴びている。

「恐帰族」の中には、とくに農村から都市部に出て大学や企業に籍を置く若者が多いようであるが、彼らは一体何のために「恐帰」となったのか。その理由は、「恐帰族」の一人となった者がネット上で公表した「父親への懺悔書」を読めばよく分かってくる。

その「懺悔書」の書き手は去年の9月に大学を出たばかりの新米社会人で、両親は農村部で暮らす普通の農民である。 今年の正月に帰省しないことを決めた後、彼はこの「懺悔書」を書き上げて自分の悔しさを歴々と吐露している。 彼がここで陳述した自らの「恐帰」の理由はこうである。

「大学を卒業し、就職してから半年も立った (中国の大学の新学期は9月から)。しかし今、月給はわずか1000元程度で自分が食うのがやっとである。父親の出稼ぎ賃金よりも低い安月給であるから、両親にはとても報告できない。俺の通帳の残額は今やただの500元、数日後には下宿の家賃の300元を払わなければならない。帰省するための旅費は一体どこにあるのか。机の上にあるインスタントラーメンの山は俺に残される唯一の食糧だ。このような状況で、俺はどうやって帰省するのか。たとえば借金して帰省できたとしても、両親に都会での生活ぶりを聞かれたら俺はどう答えたら良いのか。真実を告白する勇気があるわけはない。

結局、彼は、正月は会社で仕事しないといけないからとの口実を使って、両親に帰省しないことを告げた。就職後の初めての帰省を待ち望んでいた両親はどれほど失望したのか。今に思えば心が痛い。しかし仕方がない。俺のできる唯一のことはすなわち、この一文を書いて両親にこと懺悔することだ」

この「懺悔書」を読んでいると、それが果たして世界の「経済大国」となったはずの中国の若者の書いたものであるのかと思われるかも知れないが、彼の訴えているような苦境は、今の中国では紛れもない現実なのだ。その証拠に、この「懺悔書」がネットで公表されると忽ち大きな反響を呼び、似たような告白は続々と出てきてネット上を覆うような勢いである。 それがきっかけに「恐帰族」の実態がマスコミの関心を呼び、そしてマスコミの報道を通じて全国的関心を呼び、今や大きな話題とった注目の社会現象なのである。

ある新聞社はさっそく、「恐帰族」にかんするアンケート調査をネット上で実施したが、その結果、帰省しない若者の約43%は「帰省のための出費は負担できない」ことを一番の理由として挙げていることが判明している。 やはり、こ「懺悔書」の書き手と同様、「金がない」ことは「恐帰族」が帰省しないことの最大の理由となっているわけである。

このメルマガは以前、大学を卒業していても就職できず、故郷から離れた大都会の周辺で喰うか喰わずの雑居生活をしている若者たち、すなわち「蟻族」と呼ばれる者たちの生態をリポートしたことがあるが、今度はわれわれは、就職できていても収入が少ないという理由で帰省もできない「恐帰族」の苦境を目の当りにしているのである。 経済が十数年以上にわたって「繁栄」してきているはずの中国で、多くの若者たちはそれほどの苦しい状況下にあるというのは、一体どういうことなのだろうか。

それに関して、2月4日発売の『半月談』という論壇誌は、「社会上昇の機会が減少、新しい世代の焦燥感」との論文を掲載して、「経済繁栄」とは裏腹の若者たちの貧困と失意の原因を探ってみたが、その原因分析は下記のようなものである。 曰く、30年前からの「開放・改革」政策の実施とそれに伴う経済成長の前段階では、事業で成功する機会や富を手に入れる機会が爆発的に増えてきて、そのチャンスは人々に平等に与えられていた。 その時代、多くの若者たちは時代の波に乗って成功のチャンスをつかみ、自らの社会的上昇の道を開いた。

しかし、経済成長の後期となると、貧富の格差がますます開き、権力と富が一部の「利権集団」に徐々に集中してきて、社会の頂点に立つそれらの「利権集団」は社会的資源と機会を独占するようになった。 このような社会構造は結局、個人個人の若者たちから成功するチャンスを奪い取り、彼らを富と地位上昇への入り口から自動的に排除してしまった。その結果、多くの若者たちはチャンスと夢を失い、権力と富から疎外された中で貧困の生活を強いられて焦燥感をますます募らせていると、上述の論文が克明に陳述・分析しているのである。
 
このように、今の中国では、多くの若者たちは成功の機会と未来への夢を奪われて、富と権力から排斥されているような状況下にいるが、中国社会の今後の行方を占う上では、それは大いに注目すべき大問題の一つであろう。 というのも、若者が夢とチャンスを奪われているような社会は決して長期的な安定を保てないのはむしろ自明のことであり、富と権力から疎外される若き知識人がやがて反乱と革命の中核となっていくというのは中国の歴史の常であるからだ。

上述に言及した「蟻族」にしても、今は話題となっている「恐帰族」にしても、エリートだと自認しながら社会的立場もなく貧困層同然の生活を強いられるそれらの若者の存在は、中国社会にとっての大いなる火種の一つとなっていることは確実だ。 彼らの不満と「焦燥感」はいずれかその限界に達した時、この歪んだ社会にどのような危機が訪れてくるのだろうか。まさにこれからの「見どころ」なのである。 ( 石 平 )

※石平氏は、天安門事件(1989年)の当事者であり、後に日本に帰化し、中国批判を続けている。

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